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2018年6月13日 (水)

ロシア紀行 4- 2 - nemo 折々の自然

平成30年5月15日(火)晴
 エルミタージュ美術館の2回目は、新館で印象派を中心とした絵画を鑑賞します。
 以前本館3階に展示されていた近代西洋美術は、本館向かい側にオープンした旧参謀本部の新館に移転、4階の近代西洋美術は充実し、
 3階にはカンデンスキーやマレーヴィチの作品があります。
  
 今日も入口付近にガイドのAさんが待っており、セキュリティを通り、エレベーターで4階に上がり、鑑賞が始まりました。
ルノワール
 『女優ジャンヌ・サマリーのポートレート』1878年
  パリ市民の日常の生活や風景を明るい色彩で描いた『印象派時代』のもの。女性の優美な線を表現する彼らしい独特のタッチに注目。
 『扇子を持つ女』1881年
  全体的に淡い色彩を見せる絵で、背景も単純ですが、それだけに大きな扇子を持ち、心持ち口を開いて画面の外の誰かと話している
  かのようなモデルのさりげなくも生き生きとした表情が印象的な絵です。
 『小さな鞭を持った少年』 1909年
  女の子かと思いましたが、モデルの子は「男の子」なのだそうです。その当時の上流階級では、男の子を女の子の格好をさせて育てた
  時代があったようで、男児が早逝しないようにと邪気払いのために女児の服を着せる習慣があったそうです。
   
セザンヌ
 『 ピアノを弾く少女 』1866年
  セザンヌが好んでいたというワーグナーを引き出した「ピアノを弾く少女(タンホイザー序曲)」、手前のピアノを弾く女は彼の妹、
  また針仕事をしている女性は母をモチーフとしているとのこと。
 『 煙草を吸う男』 1889年
  フランス後期印象派の代表的な作品。20世紀の画家たちに大きな影響を与えたセザンヌは、戸外で制作中に嵐に打たれて、その時の傷が
  もとで他界するという劇的な最後を遂げた画家。この作品は画家の故郷でもある南フランスのプロヴァンス地方の男を描いたもの。
 『カーテンのある静物 』1890年
  セザンヌは果物や器、白布のしわの立体感を従来のように陰影ではなく、一つの色の色調の寒暖を切り替えることで表現した。
  この難点を克服するため、彼は意図的に球形、筒型、あるいは円錐形の物を静物画の被写体として使った。
 
モネ
 『庭の女』 1867年
  モネは、以前から家族とともに暮らしていたジヴェルニーの家と土地を購入します。それまでのモネは新しい風景を求めて頻繁に旅に出て
  いましたが、以降、1926年にこの世を去るまで、ジヴェルニーの庭をインスピレーションの源として描き続けることになるのです。
  そしてこの年を境に、モネの画家としての地位は、揺るぎないものとなっていきます。
 『モンジェロンの庭』1876年
  モンジェロンの庭は、モネがパトロンであるエルンスト・オシュデに依頼で描いた四つの装飾画の一つです。
  1876年、モネ36歳のときに、オシュデはパリ近郊にある自分の別荘ロッタンブール館の居間用にと、装飾画の制作を依頼した。 
 
『 ワーテルロー橋』 1903年
 ウォータールー(Waterloo)は、フランス語でワーテルローと読み、1815年、イギリス軍がナポレオン1世にワーテルローの戦いで勝利
 したことから名付けられました。「ウォータールー橋の連作」は、モネが60歳前後にロンドンで手がけた連作の内の一つで、テームズ
 河畔のサヴォイ・ホテルのバルコニーに画架を据えて制作されたとのことです。
 「ウォータールー橋」はロバート?テイラー、ヴィヴィアン・リー主演の往年の名画『哀愁』(1940年)の原題でもありました。
 
ドガ
 『髪を梳く女』1884〜86年
  ドガはその中期を過ぎる頃から、裸婦をしきりに描くようになった。またこの絵のように、その背中を好んで描いた。
  パステルの柔らかい色感を最大限に生かして、淡いオレンジ色とブルーの絶妙なハーモニーを作りながら、ハイライトから暗部へ
  移っていく呼吸はみごとで、少しずつ目の位置を変えながら見ていると、その温かい形が様々に変化するようです。
『踊り子』1874年
   
ゴッホ
 『アルルの女たち』1888年
  別名『エフテンの庭の思い出』、ゴッホの死の2年前の作品で、ゴーギャンと共に南仏のアルルに暮らしていた時代のもの。
  画家たちのワークショップを作ろうという夢も叶わず、失意のうちに描いたとされる。
『ライラックの木』1889年
  このライラックの潅木は、空に向かって盛んに枝を伸ばしているが、その根は灌木をしっかりと大地に止めて離さない。色彩は主に濃密な紺系と緑系
  が使われ、その二つがぶつかり合っている。そこからは画家の自由と創作の調和への希求、そしてそのどれもが不可能であるという絶望が見える。
  
『夜の白い家』1890年
 2階建ての家の右上に黄色い月がひときわ明るく輝くよう描かれているのが特徴である。ゴッホはこの絵を1890年5月にパリ郊外の
 オーヴェル=シュル=オワーズに移ってから描いた。      
 
ゴーギャン
 『果物を持つ女』1893年
  タヒチの少女を鮮やかに描いた作品。島民が挨拶代わりに交わす「どこへ行くの ?」という言葉が現地語で彼の手により書き入れられている。
 『タヒチの牧歌』1893年
  この絵は音楽に満ちていて、それが木や花の曲がり具合に、そしてタヒチの女たちの滑らかな動きに共鳴するようだ。原色に近い鮮やかな色彩
  は、中世の七宝焼を思わせる。
  
ルソー
 『虎のいる熱帯の嵐』1908 - 1909年
  植物の正確さはほとんど重要ではない幻想的なジャングルの中、ルソーはバッファローを攻撃するトラの想像上の場面を描いた。
 『リュクサンブール公園』1909年
  この作品は、パリにあるリュクサンブール公園の風景を描いている。絵の裏側にある解説文には、
  「リュクサンブール公園の眺め。ショパンの記念碑。」と書かれている。
  
ピカソ
『3人の女』1908年
 幾何学的攻勢と立体主義の手法を用いた作品。彼はスペインに生まれ、パリで本格的活動を開始、20世紀初めにブラックらとキュピズム運動
 を起こし、現代絵画への道を開いた。エルタミージュ美術館にはほかにも『赤の時代』『青の時代』などの作品が30点以上収蔵されている。
『アブサントを呑む女』1901年
 場末の安酒場でグラスを前に、見捨てられたような女性は物思いにふけっている。孤独と疎外感が漂う。指が長くデフォルメされているのが、
 そんな人生に巻きつかれているような感じで、怖さが出ている。
『対面(姉妹)』1902年 
 「青の時代」最良と言われる作品。実際に目にした光景を元に、モデルを使った下絵を幾度も重ねて完成したもの。
 『対面』に登場する二人の女は、冷ややかな青緑に沈む世界の孤独と憂苦を体現している。 

   
マチス
『ダンス』1910年、『ミュージック』1910年
 エルミタージュ美術館には37点のマチスの作品が収蔵されており、『ダンス』と『ミュージック』は、並んで展示されている。この2枚の絵は
 モスクワのコレクターのシチューキン氏のために描かれたもの。マチスはフランスの画家。フォービズム(野獣派)と呼ばれた20世紀を代表する1人。
  
『赤い部屋』1908年
 この絵は赤という色が主旋律を奏でる独奏協奏曲に喩えることができる。元々この絵の主要色は青で、題名も『青のハーモニー』
 となっていたが、作品がシチューキンに購入された後で、マチスが赤を主とする『赤のハーモニー』に書き換えたという。 
『会話』1908〜12年
 マチス自身は肖像画のつもりではないと言っているものの、画家と妻アメリが描かれている。これら実在の人物と大変相似した二つの
 不特定の人物像は、のっぺりとした青い壁を背に対峙する。二者間の会話は、共に個性の強い二つの性格の衝突に他ならない。
  
カンディンスキー 
『冬』1909年
 『冬』では物体が平面的な色の塊として描かれているものの、カンディンスキーはまだ実在の対象から得た印象を捨ててはいない。
 数本の黒い縦線が雪に覆われた丘を背景に並ぶ枯木の幹を表すことは容易に理解できる。
『コンポジションNo.6』1913年
 20世紀を代表する画家カンディンスキー は抽象主義の父である。ドイツのミュンヘンで制作されたこの作品は、彼の代表作とされるに
 相応しい名作である。カンディンスキー は物質世界との繋がりのない、感情によってのみ体験され得る新しい現実、コンポジションこそが
 美術的表現の最高にある形態と考えた。
  
     *
 これで予定の印象派を中心とした絵画の鑑賞が終わりました。いささか疲れも出てきたので1階の『カフェ』でコーヒー・ブレイクとしました。
 その途中、鍍金・ブロンズ製品が並ぶ『舞踏の間』の画像も一緒に載せておきました。
  
     *
 この後は夕食のため、レストラン『ロシアンエンバイアー』へ。
 前菜として『コテージチーズとスモークトラウトのパンケーキ』、サラダは『ガンパス(海老)のグリーンサラダ ポルトソース』
  
 続いて『ソルベ』、メインディッシュは『ビーフストロガノフメダリオン マッシュポテト添え』
  
【ソルベ】
 フランス語で、「果汁や、リキュール・シャンパンなどのお酒を加えて作った氷菓」を意味します。
 果汁やシロップを凍らせたもの、そこにアルコールなどが加えられているものもあります。
【ビーフメダリオン】
 メダリオンとは英語で円形やメダルを表す意味で、ビーフメダリオンは牛肉を円状に仕上げた料理です。
 焼き上げた肉に風味豊かなソースをからめて食べます。味も美味しく見た目も豪華で上品ですので、お祝い事等にぴったりな料理です。
 デザートは『バニラパンナコッタベリーアイスクリーム』と満足な夕食でした。
  
 ここではウォツカが飲みやすく、お土産に小瓶を買うことにしました。
 今日も大満足な観光の1日でした。
     *
 9.30. ホテル発(バス) 9.45. ファベルジェミュージアム 11.30. 12.00. レカストラン・エリヴァゥン(昼食)13.00.
 14.00. エルミタージュ美術館 新館 16.45. 17.30.レストラン・ロシアエンパイアー(夕食)18.40. 19.100. ホテル着

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